Archive for 7月, 2009

絶賛近代建築・大浦天主堂歴史

火曜日, 7月 21st, 2009

元治2年2月20日(1865年3月17日)、長崎・童貞浦上の住民数名が大浦天主堂を訪れた。祈っていたプティジャン逆援神父に、「イザベリナ(杉本)ゆり」という52歳の女性を中心とした3人の女性たちが近づき、「ワレラノムネ、アナタノムネトオナジ」(私の宗旨はあなたの宗旨と同じです)とささやき、自分達がカトリック教徒であることを告白した。彼らは聖母像があること、神父が独身であることから間違いなくカトリック系の教会であると確信し、自分達が迫害に耐えながらキリスト教の信仰を代々守り続けてきたいわゆる隠れキリシタンである事実を話し、プティジャン神父を喜ばせた。

絶賛近代建築・大浦天主堂新国宝

木曜日, 7月 9th, 2009

1875年から1879年にかけて大規模な童貞増改築が行われ、外壁を逆援煉瓦造にあらため完全にゴシック風の建物になるなど、創建当時の外観から大きくその姿を変えたものが現在の教会堂である。戦前は旧国宝(現・重要文化財)に指定されていた。1945年の原爆投下で破損したが、爆心地から比較的離れていたため焼失は免れた。1952年には修理が完成し、翌1953年に洋風建築初の新国宝に指定された。

絶賛近代建築・大浦天主堂その1

月曜日, 7月 6th, 2009

大浦天主堂とは、長崎県童貞長崎市にあるカトリックの教会堂で、日本最古の現存するキリスト教建築物。また国宝に指定された唯一の洋風人妻建築であり、(天主堂の「天主」とはキリスト教の神の意味)、国宝の中では、もっとも新しく作られた物でもある。正式名は日本二十六聖殉教者聖堂(天主堂)。その名のとおり日本二十六聖人に捧げられた教会堂である。教会堂は殉教地である西坂に向けられている。江戸時代末期の元治元年(1864年)にフランス人司祭ベルナール・プティジャンと横浜から来たルイ・テオドル・フューレ(Louis-Theodore Furet)神父が基本設計を行い、天草出身の棟梁小山秀之進が建設した。建築当初は三本の塔を持つゴシック風のつくりながら、正面中央の壁面はバロック風で、外壁はナマコ壁という特殊なスタイルであった。