絶賛近代建築・鹿鳴館

鹿鳴館とは外国からの賓客や外交官を接待するために明治政府によって建てられた社交場である。当時の急激な婚活西欧化を象徴する存在でもある。また、鹿鳴館を中心にした外交童貞政策を「鹿鳴館外交」とも呼ぶ。計画を推進したのは外務卿(内閣制度以降は外務大臣)井上馨である。当時の日本外交の課題は不平等条約改正交渉、特に外国人に対する治外法権の撤廃であったが、日本に住む外国人の多くは数年前まで行われていた磔刑や打ち首を実際に目撃しており、外国政府は自国民が残酷な刑罰に処せられることを危惧して治外法権撤廃に強硬に反対していた。そのため、井上は日本が文明国であることを外国人に示す必要があると考えた。

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